つづいて「たから荘」のすぐ近くにある閉校した小学校を利用した「数馬分校記念館」。
図書なども当時のままに残っている。
閉校記念誌。
私も小学校の卒業は昭和64年度。新潟県加茂市立南小学校の卒業生は、当時は3クラス120人ほどだったはずだ。今は1クラスだそうだが。
机の配置がアクティブラーニングっぽい。
良い写真じゃねえか!
「多摩子ども詩集」。他の何ものにも代えられない、とんでもなく貴重な記録。
ことばとは、ただそれだけで詩そのものなのだ。オジサン涙腺緩んじゃいました。
なんでつげ義春が置いてあるのかと思ったら、彼も奥多摩を訪れていたのか。ちょっとバスの時間が気になったので詳しく読めなかったが、後で買って読もう。
西東京バス。なんと充電設備つきだった。
秋川に移動。都内最大のお気に入り喫茶店「青蛾珈房」で大先生お二人の書を読む。
トモコスガさんのこの記事を読んだときも思ったけど、清水亮くん(彼は高校の同級生だが)にしろトモさんにしろ、彼らは社会や文化そのものを作ろうと格闘してきたんだよなあ。それに引き比べて、いま俺がウジウジ悩んでいるのって、せいぜい社内力学程度のものだからなあ。ううむ……。
いやあ、今回もすばらしい旅でした。今年も良い旅をたくさんしたいものだ。
2016年1月31日日曜日
Only One Village 東京都檜原村② ~蛇の湯温泉たから荘~
終点の数馬バス停で下車。徒歩2分ほどで東京都随一の秘湯、「蛇の湯温泉たから荘」にたどり着いた。
東京で唯一の「日本秘湯を守る会」会員宿。
早速お風呂へ。
私一人の事実上の貸しきり状態。なんたる贅沢!
つづいてお食事。
「日本秘湯を守る会会員宿限定」という惹句につられて「秘湯ワイン」。味には満足したが、しかしやはり日本酒の方が料理には合っていたかな。
「月夜見コース」とやらを。
こんにゃく刺。よい!
山女の焼き物と豆の煮物。ただ煮ただ焼くだけで、食材とはこれほどまでに美味くなるのかと感動した。いや、もちろんほかにもさまざまな工夫が施されているのは知っているが。料理とは人類の叡智の結晶である。単に旨いものが喰いたいがために、我々の先人たちも、我々自身も、そして我々の後継者たちも、ずっとずっと天文学的な時間と労力を注ぎ続ける。
たから荘滞在は1200~1330だったが、その間他に客なし。
日本人よ!私たちよ!もったいないですよ!これほどの宿を維持するもの、それは私たち庶民のなけなしの金であることを、私たちは肝に銘ずるべきだ。
東京で唯一の「日本秘湯を守る会」会員宿。
早速お風呂へ。
私一人の事実上の貸しきり状態。なんたる贅沢!
つづいてお食事。
「日本秘湯を守る会会員宿限定」という惹句につられて「秘湯ワイン」。味には満足したが、しかしやはり日本酒の方が料理には合っていたかな。
「月夜見コース」とやらを。
こんにゃく刺。よい!
山女の焼き物と豆の煮物。ただ煮ただ焼くだけで、食材とはこれほどまでに美味くなるのかと感動した。いや、もちろんほかにもさまざまな工夫が施されているのは知っているが。料理とは人類の叡智の結晶である。単に旨いものが喰いたいがために、我々の先人たちも、我々自身も、そして我々の後継者たちも、ずっとずっと天文学的な時間と労力を注ぎ続ける。
たから荘滞在は1200~1330だったが、その間他に客なし。
日本人よ!私たちよ!もったいないですよ!これほどの宿を維持するもの、それは私たち庶民のなけなしの金であることを、私たちは肝に銘ずるべきだ。
Only One Village 東京都檜原村① ~払沢の滝~
1月24日。東京都で島嶼部を除く唯一の村・檜原村には、昨年末に行くつもりだったのだが、年をまたいでしまった。朝は腹ごしらえのため、府中本町駅から南武線に乗り込んで西国立駅に途中下車。そこから立川駅に歩いて向かう途中にあるベーカリーカフェ「NEIGHBORS BRUNCH」に寄る。
ネイバーズプレート。900円。モーニングにしてはちと値が張りますが、満足いたしました。
「ホリデー快速 あきがわ5号」で武蔵五日市駅着。
いつも利用していた駅前のレンタサイクル「グリーンチャージ」が昨秋閉店してしまい、これからはバスの利用が増えるであろう。まあ、今回は雪もあるから、最初から自転車は無理だったけれど。
檜原村でバスで行ける最奥部である「数馬」を目指す。
途中下車してまずは払沢の滝。
途中倒木があったが、下をくぐれた。
しかし道が凍っており、普通の靴だと怖かった。
とくに滝つぼ近くに向かう石段は、太い鎖をつかんで慎重に上り下りしたが、もし滑り落ちたら自分の100kgを超える体重を支えられる自信はなかった。
滝の入り口にあるとうふ屋さん「ちとせ屋」。
豆乳を購入。美味い。
ネイバーズプレート。900円。モーニングにしてはちと値が張りますが、満足いたしました。
「ホリデー快速 あきがわ5号」で武蔵五日市駅着。
いつも利用していた駅前のレンタサイクル「グリーンチャージ」が昨秋閉店してしまい、これからはバスの利用が増えるであろう。まあ、今回は雪もあるから、最初から自転車は無理だったけれど。
檜原村でバスで行ける最奥部である「数馬」を目指す。
途中下車してまずは払沢の滝。
途中倒木があったが、下をくぐれた。
しかし道が凍っており、普通の靴だと怖かった。
とくに滝つぼ近くに向かう石段は、太い鎖をつかんで慎重に上り下りしたが、もし滑り落ちたら自分の100kgを超える体重を支えられる自信はなかった。
滝の入り口にあるとうふ屋さん「ちとせ屋」。
豆乳を購入。美味い。
2016年1月24日日曜日
八幡門前大人カフェ カフェアルック@荻窪
このところどうも仕事でうまくいかぬこと多く、木曜夜にはついにヤケ酒を決意するに至った。
で、国分寺の知る人ぞ知るラム酒専門店に行こうと、某ビルの3階まで足を運んでは見たものの、その一見を拒む(いや、こちらの思い過ごしかもしれないが)雰囲気についにドアを開けられず。
行ってみればわかりますけどね、構造上、すげえ入りづらいのですよ、ホントに。詳しい場所も店名もここでは申し上げませんけどね。店名がわかるとある程度の情報は得られる。
ということで、1月23日土曜日夜は、2日越のヤケ酒のため、荻窪駅北口、天沼八幡神社前の大人カフェ「アルック」。3年ぶり。荻窪で仕事すること、なくなったもんなあ。
テキーラトニック。香り佳し!味もたいへん好し!テキーラ独特の咽から胃の腑へ軽やかに焼き融かす感じがすばらしい。俺のなけなしのラテンを呼び醒ます。
テキーラが通った道にシーフードの自家製ジェノベーゼを流し込み、
アフォガートで熱を冷ます。
ううむ、すばらしい!この店、なんで3年も放って置いたのか。人生の損失。
また近々来ねばな。
で、国分寺の知る人ぞ知るラム酒専門店に行こうと、某ビルの3階まで足を運んでは見たものの、その一見を拒む(いや、こちらの思い過ごしかもしれないが)雰囲気についにドアを開けられず。
行ってみればわかりますけどね、構造上、すげえ入りづらいのですよ、ホントに。詳しい場所も店名もここでは申し上げませんけどね。店名がわかるとある程度の情報は得られる。
ということで、1月23日土曜日夜は、2日越のヤケ酒のため、荻窪駅北口、天沼八幡神社前の大人カフェ「アルック」。3年ぶり。荻窪で仕事すること、なくなったもんなあ。
テキーラトニック。香り佳し!味もたいへん好し!テキーラ独特の咽から胃の腑へ軽やかに焼き融かす感じがすばらしい。俺のなけなしのラテンを呼び醒ます。
テキーラが通った道にシーフードの自家製ジェノベーゼを流し込み、
アフォガートで熱を冷ます。
ううむ、すばらしい!この店、なんで3年も放って置いたのか。人生の損失。
また近々来ねばな。
空虚なことばと緩さなき街 ~武蔵境→ICU→二子玉川~
1月22日。国分寺~三鷹間で、中央特快だとすっ飛ばされる3駅のうち、僕は東小金井が圧倒的に好きなのだが、武蔵境もなかなかに侮れない。当初は昼にラーメンを食べるつもりで、今や武蔵境No.1の呼び声高い「鶉」も視野に入ったが、しかし今日は暖冬そのものなので、味噌という気分でもない。となると、やはり八王子系ラーメンの名店「丸幸」かと思ったが、急にカレーが食べたくなった。
「カフェ サカイ」は駅から少し離れている。こんな店がいつの間にかできていたのか。ランチのスープをクラムチャウダーにしてもらう。美味しい。
まあ、不味いクラムチャウダーは想像しづらい。ここのバターチキンカレーは、なんというか、強いて言えば「デザート」のような感覚だ。「カレーが食べたいのだよ!本物のカレーが!!」とかいう気分の人には向かない。いわゆる「カフェめし」と割り切って気楽に食べるのに適する。
12時台というど真中の時間帯だったこともあってか、やや賑やかであったが、悪い雰囲気ではない。むしろ、良店だと思う。中央線が高架化してしばらく経つが、いつも利用している列車の下にこんな店ができていたとは知らなんだ。他にもいくつか店が並んでいたけど、チェーン店が多くて興味はあまりそそられなかった。
武蔵境と言えばICUの最寄り駅で、彼女もこの店を訪れる機会があるだろうか?学友が私なみに有能で、ちゃんとした店に連れていってあげていれば良いが。
で、そのICUに移動。
今日はICUで想田和弘監督のドキュメンタリー『Peace』を見た。本館という建物で、キャンパスの中でもわりと奥まった所にあった。ので迷った。
大学の構内案内は、基本的には部外者向けに詳しく表示されてあったりはしないものだ。大学時代のクセで、キャンパス内の安い自販機を見るとついお茶を買って教室に持ち込んでしまう。
こちらはほとんど予備知識なしで見て、かつ字幕その他の説明的要素の極力排除された「観察映画」だったが、見応え十分だった。「福祉有償運送」、すなわちお年寄りや障害者の外出を自動車で助ける仕事を映した作品だった。
障害者の外出支援、という珍しい仕事について、僕は実は予備知識があった。府中市美好町の「珈琲焙煎舎」で買えるプライベートプレス『アフリカ』の編集人である下窪俊哉さんがそれを仕事のうちの1つにしているからだ。
が、この映画が外出支援を映したものとは知らなかった。そして、ああ、外出支援とはこういう仕事なのかと、文字通りの映像的リアリティを得た。
有償と言っても、そのほとんどはガソリン代や自動車の維持費に消えてしまい、運転する方に給料は出ない。同業者の講習会で、主人公の1人である想田さんの義理のお父さんが、お金では得られない物がある、と仰っていた。誰もが言いそうな台詞だが、込められた深すぎる意味を、見る側は突きつけられる。
こういう人々の善意を踏みしだいて、この国の社会保障は成り立っている。カーラジオから流れ出す、当時の鳩山首相の社会保障と経済成長についての国会での冗長なスピーチは、先のお父さんの一言の無限の含蓄に比して、余りに空虚だ。でも、それを僕は嘲笑したり批難したりすることは単純にはできない。なぜなら、鳩山の言葉と僕の言葉は同じ軽さだからだ。
社会保障についてのリアリティは、僕にはなかったんだなと思い知らされた。
その他、社会保障給付にまつわる煩雑な手続きぶりや、岡山の地方都市に暮らす、つまりは我々の身近にもいらっしゃるであろうお年寄りや障害者の倹しい生活ぶり、また、お父さんに養われている猫たちの社会も、とても印象的だった。あの猫たちの社会のあの有り様こそ、つまり、多様な者たちのごく自然な紆余曲折含みの共生こそ、人の世の理想かもしれない。
上映後、想田さんのトークがあったのだが、僕は次の二子玉川でのイベントの参加証を家に忘れて来てしまったので、取りに帰らねばならず、聞くことができなくなってしまった。
一旦家に戻り、二子玉川へ。
二子玉川では、朝日新聞社主催の、鷲田清一と高橋源一郎のトークイベント「『折々のことば』の作り方」を聴いた。こちらもたいへん興味深い内容だった。
特に、鷲田さんが「哲学書は2割理解できれば十分。名だたる哲学者たちも、彼ら自身は先行の哲学書を誤読しまくっている」「読む前と読んだ後で、自分に『ズレ』が生じるようなことばが意味のあることば」と言っていたのと、高橋さんが、「『社会のことば』は皆の目につくところにはない。だから『論壇時評』(彼は『朝日新聞』でこのコラムを2011年以降担当しているが)を書くためには、それを探す作業が必要」「自分のことをことばにできる。ちょっとしたことばの中にその人自身が立ち現れる。それが感動を呼ぶ」と言っていたことなどが印象に残った。
ニコタマ、7、8年ぶりだろうか。さらに人工的な街になった。この街では玉川高島屋はもはや大ベテランだな。南館のインフォメーションカウンターに渋いおじさまが立っていたのが好印象だった。この街の変貌と対峙している感じだった。
前来たときは有名な「鮎ラーメン」を食べたけど、今日は「みちしるべ」とかいう店でつけめん。まあ、そこそこ。卵かけご飯は美味しかった。
人工的な街は、場合によっては好きなんだけど、ニコタマはちょっと整いすぎている感じで、僕の好みからはずれますね。
東急はこんなフリーマガジンを出しているのか。さすがですね。さっきニコタマにちょっと苦言を呈したけど、僕は田園都市線沿線は基本的には好きですよ。
「カフェ サカイ」は駅から少し離れている。こんな店がいつの間にかできていたのか。ランチのスープをクラムチャウダーにしてもらう。美味しい。
まあ、不味いクラムチャウダーは想像しづらい。ここのバターチキンカレーは、なんというか、強いて言えば「デザート」のような感覚だ。「カレーが食べたいのだよ!本物のカレーが!!」とかいう気分の人には向かない。いわゆる「カフェめし」と割り切って気楽に食べるのに適する。
12時台というど真中の時間帯だったこともあってか、やや賑やかであったが、悪い雰囲気ではない。むしろ、良店だと思う。中央線が高架化してしばらく経つが、いつも利用している列車の下にこんな店ができていたとは知らなんだ。他にもいくつか店が並んでいたけど、チェーン店が多くて興味はあまりそそられなかった。
武蔵境と言えばICUの最寄り駅で、彼女もこの店を訪れる機会があるだろうか?学友が私なみに有能で、ちゃんとした店に連れていってあげていれば良いが。
で、そのICUに移動。
今日はICUで想田和弘監督のドキュメンタリー『Peace』を見た。本館という建物で、キャンパスの中でもわりと奥まった所にあった。ので迷った。
大学の構内案内は、基本的には部外者向けに詳しく表示されてあったりはしないものだ。大学時代のクセで、キャンパス内の安い自販機を見るとついお茶を買って教室に持ち込んでしまう。
こちらはほとんど予備知識なしで見て、かつ字幕その他の説明的要素の極力排除された「観察映画」だったが、見応え十分だった。「福祉有償運送」、すなわちお年寄りや障害者の外出を自動車で助ける仕事を映した作品だった。
障害者の外出支援、という珍しい仕事について、僕は実は予備知識があった。府中市美好町の「珈琲焙煎舎」で買えるプライベートプレス『アフリカ』の編集人である下窪俊哉さんがそれを仕事のうちの1つにしているからだ。
が、この映画が外出支援を映したものとは知らなかった。そして、ああ、外出支援とはこういう仕事なのかと、文字通りの映像的リアリティを得た。
有償と言っても、そのほとんどはガソリン代や自動車の維持費に消えてしまい、運転する方に給料は出ない。同業者の講習会で、主人公の1人である想田さんの義理のお父さんが、お金では得られない物がある、と仰っていた。誰もが言いそうな台詞だが、込められた深すぎる意味を、見る側は突きつけられる。
こういう人々の善意を踏みしだいて、この国の社会保障は成り立っている。カーラジオから流れ出す、当時の鳩山首相の社会保障と経済成長についての国会での冗長なスピーチは、先のお父さんの一言の無限の含蓄に比して、余りに空虚だ。でも、それを僕は嘲笑したり批難したりすることは単純にはできない。なぜなら、鳩山の言葉と僕の言葉は同じ軽さだからだ。
社会保障についてのリアリティは、僕にはなかったんだなと思い知らされた。
その他、社会保障給付にまつわる煩雑な手続きぶりや、岡山の地方都市に暮らす、つまりは我々の身近にもいらっしゃるであろうお年寄りや障害者の倹しい生活ぶり、また、お父さんに養われている猫たちの社会も、とても印象的だった。あの猫たちの社会のあの有り様こそ、つまり、多様な者たちのごく自然な紆余曲折含みの共生こそ、人の世の理想かもしれない。
上映後、想田さんのトークがあったのだが、僕は次の二子玉川でのイベントの参加証を家に忘れて来てしまったので、取りに帰らねばならず、聞くことができなくなってしまった。
一旦家に戻り、二子玉川へ。
二子玉川では、朝日新聞社主催の、鷲田清一と高橋源一郎のトークイベント「『折々のことば』の作り方」を聴いた。こちらもたいへん興味深い内容だった。
特に、鷲田さんが「哲学書は2割理解できれば十分。名だたる哲学者たちも、彼ら自身は先行の哲学書を誤読しまくっている」「読む前と読んだ後で、自分に『ズレ』が生じるようなことばが意味のあることば」と言っていたのと、高橋さんが、「『社会のことば』は皆の目につくところにはない。だから『論壇時評』(彼は『朝日新聞』でこのコラムを2011年以降担当しているが)を書くためには、それを探す作業が必要」「自分のことをことばにできる。ちょっとしたことばの中にその人自身が立ち現れる。それが感動を呼ぶ」と言っていたことなどが印象に残った。
ニコタマ、7、8年ぶりだろうか。さらに人工的な街になった。この街では玉川高島屋はもはや大ベテランだな。南館のインフォメーションカウンターに渋いおじさまが立っていたのが好印象だった。この街の変貌と対峙している感じだった。
前来たときは有名な「鮎ラーメン」を食べたけど、今日は「みちしるべ」とかいう店でつけめん。まあ、そこそこ。卵かけご飯は美味しかった。
人工的な街は、場合によっては好きなんだけど、ニコタマはちょっと整いすぎている感じで、僕の好みからはずれますね。
東急はこんなフリーマガジンを出しているのか。さすがですね。さっきニコタマにちょっと苦言を呈したけど、僕は田園都市線沿線は基本的には好きですよ。
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